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101【水俣病60年】「実子は今も泣いている」姉が家族の苦悩訴え 公式確認きっかけの女性

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101【水俣病60年】「実子は今も泣いている」姉が家族の苦悩訴え 公式確認きっかけの女性

101【水俣病60年】「実子は今も泣いている」姉が家族の苦悩訴え 公式確認きっかけの女性

http://kumanichi.com/feature/minamata/kiji/20160501001.xhtml

 

【水俣病60年】「実子は今も泣いている」姉が家族の苦悩訴え 公式確認きっかけの女性

水俣病の公式確認から1日で60年。確認のきっかけとなった患者が、水俣市の田中実子さん(62)だ。自宅で介護を続ける姉の下田綾子さん(72)は30日、患者団体などが水俣市で開いた集会でマイクを握り、水俣病にほんろうされた家族の60年を振り返りながら「実子は今も泣き続けている」と訴えた。

 1956年4月、下田さんの幼い妹、静子さん(59年死去)と実子さんが相次ぎ発病。チッソ付属病院の細川一院長らが翌月1日、水俣保健所に原因不明の疾患の発生を届けたのが、水俣病の公式確認とされる。

 発病した実子さんを背負って病院に連れて行ったり、実子さんの寝具をリヤカーで運んだりした経験を持つ下田さん。しかし、それよりも母アサヲさん(87年死去)の苦しみを強調し、「本当に苦労を重ね、早く亡くなった」と嘆いた。

 
伝染病でもないのに消毒薬をまかれ、差別されたことは「残されたきょうだいの世話をするため耐え忍んだ」と回想。かわいい盛りで亡くなった静子さんを思い出すと、「苦しむためだけに生まれてきたようなものだ」と声を詰まらせた。

 実子さんは命を永らえたものの、この60年間、自ら意思表示することができない。具合が悪いときは一日中、大声を上げて泣き続けるばかり。どこか痛いのか聞いても分からず、下田さんは途方に暮れるという。

 下田さんの夫で一緒に実子さんを介護する良雄さん(68)によると、実子さんは「きょうだいで一番の器量良し」。「なぜこんな目に遭わなければならなかったのか」と病床の義妹を思いやった。(石貫謹也)



熊本日日新聞 20160501

 

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