[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ただいまコメントを受けつけておりません。
よしの216「詩歌の森へ」
なんだか つかれはてて しずかなゴリラに なりたいと きのう ようさいを しました。
テクノロジーで とつぜん なくなられた わかいじょせいも おうえんしてくれているように おもうんです。
てさげを ひとつつくりました。
カーテンきじで しずかなゴリラっぽい てさげで きにいってます。
―
そして あたらしい ふくづくりのために ほんで イメージを かんがえようと
「詩歌の森へ」すこしよみました。芳賀 徹さんの ほんで 中公新書1656
2002年9月15日印刷 2002年9月25日発行の ほんです。
―
ひょうしの カバーのうらに
いっぺんの 詩が くきょうから だっしゅつする きっかけになったり にんじょうの おくゆきを かいまみせたりすることは だれしも けいけんするだろう。
・・・しきおりおりの 詩歌味読のコツをでんじゅする。
―
とあり、さいしょが
Ⅰ はるのなみだ
めいじじょがくせい の ひとり『みたせれ髪』の 與謝野 晶子が「古りしおん姉」とよんでいた 後白河天皇 の第三皇女 式子内親王の うた。
皇女は7さいから17さいまで 斎院として 賀茂神社の 神々につかえていたことがあった。
―
-
このよには わすれぬ はるの おもかげよ
朧月夜の はなの ひかりに
―
-
盃に はるの なみだを 注ぎける
むかしににたる 旅のまとゐに
-
-
-
そして 三浦綾子さんの「光あるうちに」のつづきを すこし よみました。
五十嵐健治氏は、日本のうつくしい 山河を まいにち かんじいって ながめていたとき この てんちを つくられたのは かみであるとしって いいようもない かんどうを あたえられたのであろう。
そして にんげんも かみの そうぞうによると しったとき さらに すなおに しんずることが できたのであろう。
ー
ヨハネによる福音書
「初めに言があった」
文語訳
「太初に言あり」
つづいて
「言はかみとともにあった。言は神であった。・・・できたもののうち ひとつとして これによらないものはなかった」
とあります。