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よしの21(対談)障害者が狙われて 熊谷晋一郎さん×最首悟さん
2017年2月25日05時00分
相模原市の障害者施設で重度障害者を狙い、19人を殺害したとして植松聖(さとし)容疑者(27)が殺人罪などで起訴された。脳性まひの障害で車いす生活を送る東京大学准教授の熊谷晋一郎さんと、ダウン症の娘と暮らしている和光大学名誉教授の最首悟さんが、事件が社会に投げかけたものを語り合った。
■容疑者、排除せず対話したい 熊谷/存在価値は?誰もが不安 最首
――相模原の事件をどのように受け止めましたか。
熊谷 衝撃だったことは二つあります。事件を起こした植松容疑者が「障害者は生きている価値がない」と述べたとされること。障害者を知らない人ではなく、施設で働く介助経験者が起こした事件だったことです。
介助者と障害者の間には抜き差しならない関係があります。「暴力」の問題です。脳性まひという障害を持つ私は幼いころ、リハビリを補助する専門家が寝たきりの友人を足で踏む姿を見たことがあります。以来、ときおり介助者に「熱湯をかけられないか」「こっそりつねられないか」と潜在的な恐怖心を抱いてきました。
2000年以降は制度が整備され、多くの人が介助の世界に入ってきてくれるようになりました。相模原の事件の後は介助をしてもらっている瞬間にふと、「なぜ、この人は私の背中を洗っているのだろう」と感じるようになりました。「暴力が起きるかもしれない」という不安のふたが開いたと感じました。
最首 「生産しない者には価値がない」という容疑者の考え方は、経済主導の国家がはらむ問題に通じます。だから驚天動地の事件ではなく、「来たるべきものが来た」と感じました。
これまでの社会は「いかに生産するか」でした。団塊の世代がすべて75歳以上になる2025年には、認知症患者が全国で約700万人になる見込みです。働いて社会を支える人が少なくなり、生産する能力がない人に社会資源を注ぎ続ける余力がなくなる。
そのとき、生産しない人たちを社会はどう扱うのか、いよいよ問いを突きつけられている。これからの社会が、とてつもなく非人間的なものになるか、人間的なものになるのかという分岐点なのです。
――様々な問いを社会に突きつけた事件の裁判に何を期待しますか。
熊谷 植松容疑者は、話してほしい。対話すべき相手だと思っています。排除したくない。排除すれば、私が否定したいと思うところの彼の思想に同化してしまうことになります。
最首 このまま幽閉したり死刑にしたりして欲しくない。八つ裂きにしたいという気持ちの一方で、言葉に出来ないことも含めて吐き出して欲しい。そこに国家とか国民とかいう統合体の抱えているすさまじさ、非人間性が出てくると思います。
――その植松容疑者はどのような人間だと思いますか。
熊谷 推測で植松容疑者を語ることは控えています。ただ、彼に手紙を書いて、障害者と同じ不安を抱えていなかったか、確かめたいと思っています。
最首先生が指摘したように、競争に敗れれば次々に不要とされる社会構造の中で、生産能力が劣る人への手厳しさはどんどんエスカレートしている。障害がない人も、いつ自分が不要な存在になるのか、不安にさらされています。少ない椅子を奪い合う社会では、より不要とされる人に悪意や攻撃が向かいやすいのです。
最首 現代は「私の存在価値は何か」「社会に役立っているのか」という存在証明が難しい。終身雇用が失われ、弱者はいつ切り捨てられるかわからない。これは誰でもとてつもなく不安なこと。不安が解消されないから、まぎらわすしかありません。
まぎらわす相手として通常は人と交流しますが、植松容疑者が存在証明を求めた先は、国家による勲章だったのでしょう。衆院議長公邸に持参した手紙に「日本国が大きな第一歩を踏み出す」と書いています。日本のために正しいことをした、だから英雄として認めて欲しいと思っているはずです。その意味で、彼は精神異常者でも快楽殺人者でもなく、「正気」だった。ネットでは共感する声もあります。
――おふたりとも、事件を通して、時代状況が浮かび上がってきたと考えたのですね。
最首 戦前、日本には絶対的な権力があって、そこにすべてが吸い取られていった。その反省として、戦後、日本人は「自立しなければ駄目だ」と70余年、生きてきました。米国型の自助が求められ、福祉の世界でも「自立を」、今や老人も「自立を」と言われている。自立できない者がお荷物になる社会で、自立しようという思いが強いほど、人間関係が断ち切られて「孤人」になってしまうと考えます。
熊谷 日本が誇れるのは能力主義を徹底しない、いい加減さですよね。1970年代の障害者運動は「障害者に対し、社会に合理的な配慮がないから能力が発揮できない」という考え方と、「能力のあるなしは関係ない。命そのものに価値があるんだ」という考え方の2本立てでした。80年代以降、米国型の考え方が入って前者に前傾していきます。能力がある「資格ある障害者」だけが社会に包摂され、そうでないものは排除される。声を上げることができない重度の障害者を下位に置く序列化が起きています。
最首 本来、日本はもっとあいまいな社会です。日本語の「人間」という言葉は、その成り立ちに「人のいる場所」という意味を引きずっています。人と人の間の場所。つまり人間とは複数性を帯びていて、お互いにここにいるよ、という意味です。私たちは主語を略すことが多い日本語を話し、「私」と「あなた」が未分化ではっきりしていないのです。
■ありのまま、頼りあえる社会に 熊谷/「自立して強く」の考え、変えて 最首
――障害者介助のあり方をどう考えますか。ともに生きるとはどんなことなのでしょう。
熊谷 これまで6回引っ越して、一番生活がうまくいったのが契約型と非契約型介助のハイブリッドでした。介助員として契約した人が地域のコーラスグループのメンバーで、仲間の他のメンバーと融通し合って互いに介助の穴を埋めてくれました。日常生活は何が起こるか分かりません。契約型の介助だけだと契約外のことはしてくれません。
最首 人間を扱うということは契約だけではできませんからね。でも、ボランティアのような非契約型だけでは責任感が伴いません。その案配が難しい。
娘の星子(せいこ)のように、いろんな人が来て介助を分担する障害者の施設では暮らせない子もいます。妻は「私が死ねば星子は死ぬわよ」とまで言っています。私も「あの子がいなければ」と「あの子がいてくれたから」という相いれない気持ちが表裏一体となった気持ちで一日一日を過ごしています。
――当事者でないので感覚までは理解できませんが、重い言葉です。
最首 言葉が話せない星子に「そこにいるだけでいい」という感覚が私にあるんです。星子が寝息をたてると、私もホッとする。人間は利己的なので、自分が得をする感覚が大事なのです。だから、無償の奉仕は信用できないし、そんなボランティアはすぐにやめてしまう。
そして愛嬌(あいきょう)が人の武器になるのも日本独特のもの。安倍晋三首相の支持率があまり下がらないのもどこか可愛いからでしょう。宮沢喜一元首相は正反対でした。熊谷さんは、そのあたり体験的にわかるのでは?
熊谷 幼いころから、ご飯はおいしそうに食べるようにしていました。特に考えるまでもなく自然に。介助の方に「食べさせがいがある」と思ってもらわなければなりませんから。
学生時代、ビラをまいて介助者を集めました。私の下宿が居心地よい場になったらしく、終電を逃した後に泊まる人もいて、家に帰るといつも誰かがいました。引っ越す時、合鍵を集めたら最初に8本作ったはずなのに11本になっていました。しかし、人を集められる能力と生存の条件が結びつけば、これも危ないことです。
――「ともに生きる」ことを考えさせられます。私たちは、この時代や社会に、どう向き合うべきでしょうか。
熊谷 人間は一人では生きていけないのに、自立を求められるから苦しい。人に頼れず、物質か、神格化した人物か何かに頼るほかないのが依存症。近代の病です。
いま、「当事者研究」で薬物などの依存症当事者から多くを教わっていますが、幼少期に虐待を受けて「ありのままの自分を周囲が受け入れてくれる」という信頼を失うことが依存症につながる。いかに平場にいる誰かに頼れるようになるか、それが依存症からの回復のカギです。弱いありのままの姿を承認しあえるような人間関係を保てれば、なんとか生きられるのです。
一方、「あるがまま」を持たない人で、理想のペルソナ(仮面)をかぶって生きようとする人がいます。理想から外れた自分を受け入れられず、孤立しがちです。
最首 「人間」というものを切実に考える必要が求められる時代になってきました。「自立して強くあれ」ということから変えていかなければいけない。「弱さの強さ」を自覚する必要があります。そして、これを世界に発信しなければならない。
熊谷 暴力の加害者にも被害者にもなりやすいのは、孤立し、頼れる先の少ない人です。社会が暴力を引き起こすという前提を共有し、障害の有無を超え、すべての人たちがたくさんの相手に頼れる社会にしていかなければならないと思います。
(司会・古田寛也)
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くまがやしんいちろう 東京大学准教授 1977年山口県生まれ。東大医学部を出て小児科医に。東大准教授として薬物依存症の患者らが自ら症状の改善を目指す「当事者研究」に取り組む。
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さいしゅさとる 和光大学名誉教授 1936年福島県生まれ。東大教養学部助手などを経て和光大教授。専門は、いのち論。ダウン症で知的障害のある三女、星子さん(40)と同居。
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