[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ただいまコメントを受けつけておりません。
よしの172-1日本と台湾の国交
>台湾とは国交がないはずなのに、なんで台湾の人が日本へ来たり、
>日本人が台湾へ旅行したりできるのですか?
1945年日本の降伏後、台湾は連合国に接収されたいわんにたいする
統治権や財産権などのすべてを失いました。
1952年4月28日、日華平和条約に調印、日本と台湾(中華民国)との国
交が回復しました。
然し、1952年4月28日、日華平和条約に調印、日本と台湾(中華民国
)との国交が回復するのと引き換えに、中国は台湾はわが国の領土で
あるから、中国(中華人民共和国)と国交を結びたければ台湾と断行せよ
と迫られました。
1972年9月29日、田中角栄政権は、中国大陸を支配する中華人民共
和国政府を「中国の唯一の合法政府」と承認し、国交を樹立した(日中国
交正常化)。
その際、日本は、日中共同声明に日華平和条約の遡及的無効を明記する
ことに応じない代わりに、大平正芳外相が「日華平和条約は存続の意義を
失い、終了した」との見解を表明。これに対し、中華民国外交部は即日、
台湾との国交を断絶したのです。
難しいので簡単に言いますと日中共同声明に日華(日台)平和条約無効を
明記しないかわりに大平正芳外相は「日華平和条約は存続の意義を失い
終了した」と言ったのです。
分かりやすく言えば、日台関係が終わったと明言はしないが、日台関係の
諸条約がなくなったわけではない、という玉虫色の表現で中国を納得させた
と言う歴史的背景があるのです。
だからこそ互いにパスポートやビザの発行を公的機関ではなくて、日本側は
「財団法人交流協会」、台湾側は「亜東関係協会」というと言う事務的な交流
機関を設立しました。
これらの民間交流機関が相互に大使館のような役割を担って、おかしな表現
ですが非公式ながら国交がこんにちまで継続しているのです。
ですから、過去の政治的経緯から台湾とは国交を正式に結ぶことはできない
が、人的・経済的交流が今まで続いているのです。